本田圭佑に学ぶ

Pocket

仕事の流儀で本田圭佑特集をやっているのを見ている。

やはり、一国のサッカー代表のトップ選手であり、中田やカズもそうだが雰囲気がある。まず大言壮語して、そこから何とかしようとあがくスタイルは今まで(少なくとも戦後)の日本人ではあまりいないかと思う。孫正義が他に思い浮かぶので、いないわけではないだろうが・・

ACミランでの挫折を挫折と認識し、それを公言できるメンタリティはえらいと思う。できないという事が分かった という成功 と考えることもできると本田はいう。私もそう思う。大事なのは、そこからさらに前向きに前へ進んでいき、失敗しながらも次の成功をつかむことが大事だと感じた。

そもそも努力して、成功の方が多い人間というのはまれである。本田選手は、どちらかというと成功体験が多い部類の人間であると思う。多くの人間は、もっともっとうまくいかない人生の方がほとんどだろう。サッカー選手のなかにも、もっと努力して、結局プロになれない、日本代表になれない人間もいるはずである。怪我も本人の意識で予防はできるが、事故の様な怪我もある。人事を尽くしたらあとは運なのである。自分に求めるところにいける才能があるか? 良い上司がいるか? けがや病気はないか? 家族の状態は? 努力ではどうにもならない事ばかりである。うまくいかないことを当たり前として、努力し、うまくいかなくても、本田選手の言うような、 できない事がわかったという成功、 ・・・・・の成功 、 とネガティブなことを成功にいいかえるのは、努力する動機を失わないいい手段だと思う。いわば一種の精神的リスクヘッジだ。成功する人というのはメンタルのリスクヘッジもしっかりできているのだと思う。もちろん、だから成功したわけではない。人事を尽くして、あとは天命を受け入れるのみだ。努力の後に得た結果が最悪でも、次のチャレンジができるのなら、自分は幸せなのだと思い、失敗から何か学ぶ姿勢を持ち続けたいと思った。

わたしは、いつもちょっと斜めから物事をみるので、こういう特集があるといつも思うのだが、本田選手が一番努力してあきらめないからトップになったという印象を与える報道がいいのかどうかよくわからない。少なくとも絶対に真実ではないのは確かであると思う。なぜなら、人はうまくいかないときほどもっと不毛ともいえる努力をするからだ。本田選手がオランダ時代の初期やミランで味わった挫折をもっと下のレベルで味わっている人が大勢いて、その人たちの努力にはスポットライトは決してあたらない。成功していないからだ。でもその成功していない人たちの努力が全員本田選手以下であると考える方が、不自然のように思う。有名な選手の中では、宮市選手がその一人である。彼はすばらしい才能を持ちながら、不自然なほど膝の怪我を繰り返し、もう何度膝の手術を行っているのかわからないほどである。おそらく最初の怪我の時に既に彼の膝は致命的に壊れてしまっているのだろう。サッカーで内側側副じん帯損傷+内側半月板損傷+前十字靭帯損傷 の3つ組は 悪魔の3徴 とよばれ、まずこれにかかるとまともなサッカーはできない。自分も体験しているからよくわかる、ちょっとした衝撃、場合によってはボールを蹴っただけで膝を負傷してしまうのである。おそらくそれに近い状態に最初の怪我でなってしまい、片足をかばってプレーすると反対を痛め、今は両足の手術を繰り返している状態なのだろう。もともと軟骨やじん帯が弱い素因があるのかもしれない。おそらく彼の苦悩や努力は本田選手や中田選手やカズのそれよりもすさまじいものになっているはずだ。それでも彼はまだあきらめていない。よほどサッカーが好きなのだろう。彼のような不屈の精神をもった選手にもスポットライトをあててほしいものだ。

イチロー、中田、本田等は他の人よりいっぱい練習したから一流になれたという単純な視点で考えるのはやめてほしい。才能、的外れでない妥努力、運の3つがそろって初めて成功が得られるのだと思った方がよい。そして、努力してうまくいかなくてもいじけずに、前に進める精神的な準備をしながら努力すべきなのであると今回の本田選手の特集で強く感じた。 精神的リスクヘッジ、 今回思いついた言葉である。

スポンサーリンク
レクタングル大




レクタングル大




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク
レクタングル大