運動会の季節です

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運動会に行ってきました

子供達は一生懸命でとてもかわいらしいのですが、こういう教育でいいのかな? と思ったのが、応援合戦なるもの。。。

全学年が紅組と白組に分かれて、点数を競うのですが、途中応援合戦というものがあります。応援団長みたいな子を決めて、応援団のような事をやります。皆が一致団結して、声を一つにして、紅組、白組各々が自分たちの組をいろいろ理由をつけて応援します。一種のマスゲームのようなものです。

こういうのはあった方が、盛り上がるのかな? とも思うのですが、あまりに一致団結を強制的にやらせすぎて、ちょっと気持ち悪い感じがしました。北朝鮮のこと笑えんなと思いました。子供たちの中にはこういう強制的な応援合戦(応援になってるの?という疑問もあります)という事が嫌いな子もいると思います。私も反骨精神旺盛でしたので、すごく嫌いでした。意味がわからないのです。まず、なんでこんなことするの?というのが全く分からないのです。何でこういう事をやらないといけないのか? 疑問に思う子がいたら、きちっと議論してあげる事も必要ではないでしょうか? そういう疑問を聞いてあげているのでしょうか? 聞くと非常に説得力のある理由を言える大人はいないと思います。大人が妥当な理由を見いだせないならやる必要がないように思います。

中には、こういう理不尽な強制は、学校であった方がよいという意見もあります。どうせ、大部分の子供たちは他人に使われる立場であり、理不尽な事にある程度なれて、意味を考えずに言われたことを行動する人間が一定数いた方が社会はうまく回るという考え方です。まあ軍隊の幹部候補生ではない兵隊を養成する感覚ですね。軍隊はそれでいいと思うのですが、子供でそうするのが良いのでしょうか?日大の事件の根底にはこういう、何故?という事を軽視して、大人も実際の意義も深く考えずに単なる慣習で、よくわからない集団行動をさせて兵隊をいっぱいつくるという教育方針が日本の国力を上げるとは思いません。確かに、我慢強く命令に従い戦う人間は育つでしょう。それが一定の戦果は挙げるでしょう。しかし、過去の戦争で勝ったのはそういう教育を否定している国です。より深く考える頭をもった国民が多い国の方が強い国になると思います。確かに強い兵隊は結構無理強いを強要する文化があれば一定数育ち、バカなリーダーでも結構戦える集団になると思います。個人を優先した教育を徹底して行い、さらに集団として機能するというのはリーダーの能力が高くないとうまくいかないでしょう。まとまりにくいと思います。しかし、それでも集団をまとめる事のできる本当のリーダーが育つとどちらが強いでしょうか? 結果はおのずと見えてしまう気がするのです? あたりまえの事をあたりまえに考えられる子。自分で考える頭を持ち、先入観にとらわれずいろいろ疑問を持ち、それを自分で解決できる子、そういう子をたくさん育てる事ができないと、日本のような小国は世界で勝てないと思うのです。

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